従弟よ

 

ずっと文章が書きたかったので、書き出してみる。特に、意図はないので、どういう風に発展していくかは全く未知だが、とりあえず、自分の生活とか考えくらいしか書くことがないので、自分のことを書く。

 

 今一番書きたいことは、私の従弟のこと。彼が就職活動がうまくいってなくて、能面みたいな顔になって、あんまり部屋からも出てこれてないみたいな話を母から聞いた。私と、その従弟は年の差1歳である。従弟は高校卒業の資格を取るのに時間がかかったり、私は大学を5年かけて卒業したりしたが、結果的に学年では1年の差があることは変わりない。 高校をお互いに辞めた経験があり、本を読むのが好きで感性が豊かな感じが似てる我々は、ちいさいころから、他の従弟たちも含めてじゃれあっていた思い出があるために、兄弟の次に身近な同世代だと思っている。

 

 そんな従弟が能面みたいな顔になってるらしいという情報が母経由で知らされた時、自分とは無関係じゃない経験をしているのだなと思った。

 

 私は去年、大学の最終学年であったために、他のみんなは就活という活動をしているという状況に置かれた。一斉に、みんながその活動を始めたということに圧倒され、自分も始めてはみたけれど、スーツの下には違和感を抱えていた。

 こころに違和感を覚える理由の一つがスーツを着るという行為。高校生の時から制服を着るのは、その団体への忠誠心の表れみたいで嫌いだった。けど、しょうがないなと思って着ていた。でも、大学に入って、制服を着なくてよくなった。ファッションに興味がある女子はおしゃれに、近くに住んでる女学生たちはパジャマで(私にはパジャマに見えた)、スポーツが好きな女の子たちはスポーツウエアで大学にいた(ちなみに女子大だったので、女の子しかいない)。

 

一度、制服を脱いでみたら、もう一度着るときに一山越えなければいけないようだ。なぜ、着なければいけないのかという疑問がわいてくるからだ。就活のスーツはいわば制服なので、一度脱いだ制服という概念をもう一度着させるところに何か問いを見出してしまう。なぜもう一度、制服を着なければいけないのか。なぜもう一度、同じにならなければいけないのか。その一山を超えられないと、社会人=一人前というところに到達できない。

 

みんな、自分を認めてほしいから、自分は意味があると思いたいから、一人前の社会人にどうしてもなりたいんだと思う。そのための手段として、もう一度制服を着ることをいとわないんだと思う。

 

私も、認めてほしい。君が生きてていい世界なんだよと言ってほしい。

 

でも、どうしてもスーツを着ることを私はしたくなかった。もちろん、就活を制服の問題に置き換えるとき、語りつくせない私の葛藤がある。しかし、一番象徴的な制服という観点からこの話を進めていくと、一度、自分という自意識が芽生えたからには、もう一度みんなと同じであることが絶対条件であるのを受け入れるのは、私には難しかった。

 

小学校から高校まで、集団の中で規律を乱さない、みんながよくなることが第一目標な時代から、一時の大学時代という自意識の目覚めを感じさせる時間を過ごさせて、どうしてまた同じところに私を引き戻そうとするのだろう。どうして、日本の人を育てるベクトルはこんなにいびつなんだろうと、教育というシステムを恨んでみても、これから先に変わっていくことに大いに期待はするとして、今この瞬間を生きる自分は、何とか折り合いをつけて、やっていかねばならない。あるいみ、あきらめてやっていくしかないのだが、一回きりの人生、やりたかったことだけ語って、本当はできなかったんだよねみたいに自分のストーリーを語りたくない。だから、葛藤があった。何とかこの追っかけられる感じから逃れないと自分を保っていられない。それが、私の去年の出来事だ。

 

今私の従弟にも似たような現象が表れている。彼が、就活向きでないのは明らかで、同じ色の制服と同じような髪形をした女の子たちが、全く同じ目的で大きなアリーナとかに説明会を聞きに来ているような異常な場所に耐えられるような子じゃない。みんなが自分の好きな歌手のコンサートで熱狂しているという類のたくさんの人だかりじゃなく、みんな迷いに迷って、自分探しみたいな言葉で焦っている同世代の若者がたくさんいる場所のエネルギーはどちらかといえば負だし、異常だ。そんなところにいて、違和感を覚えない従弟じゃない。

 

私は結局、大学時代にかばん持ちをしていた縁から、オーストラリアにたどり着いた。ワーホリビザだから一年しかないけど、とりあえず仕事は見つかったし、なかなか苦労したり楽しくしたりしている。私が、従弟より10歳くらい年上だったら、「私でもなんとか10年死ななかったんだから、あんたも大丈夫よ」みたいな発言ができるのだが、なんせ、一年は死ななかったよという経験談しか今は語れないから、助けになってあげられない気もするんだけど、それでも、なんか、私と同じような経験をしている彼を見て、私が思ったことや考えたこと、今でも引きずっていることを共有したいなと思った。 私も、結果的にあれから1年生き延びているけど、これから先は全くわからない。わからないから、従弟に何も言えないんじゃなくて、まあ一緒にやっていこうやない会みたいな団体を立ち上げる気持ちで、エールを送りたい。

 

頑張れとは言わんけど、従弟よ、あんたの行きたいところへお行きなさい。